内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科
吉川内科小児科 生薬方剤による漢方診療(保険適用)

吉川内科小児科は、愛知県名古屋市中村区、名古屋市立豊臣小学校の西にある内科小児科医院です。
高血圧や、肥満などメタボリックシンドローム、リセット禁煙、漢方診療(保険適用)を中心に
内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科の診療をしています。お気軽にご相談ください。

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吉川内科小児科 生薬方剤による漢方診療(保険適用)

吉川内科小児科は、愛知県名古屋市中村区、名古屋市立豊臣小学校の西にある内科小児科医院です。高血圧や、肥満などメタボリックシンドローム、リセット禁煙、漢方診療(保険適用)を中心に内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科の診療をしています。お気軽にご相談ください。

徒然日記

活気呼ぶ「いま・ここ」の自由

芹沢 俊介

 結婚すれば伴侶を得られると人はいう。その伴侶が当てにならないのだと別の人がいう。20年以上連れ添った熟年夫婦が離婚する、めずらしいことではない。理由として孤独をあげる。うっとうしさを逃れたくて、という人もいる。
子どもがいないと家族の幸せを経験できないと説く人がいる。その一方で子どもに縛られて自分の自由を失いたくはないという人もいる。
二人でも孤独、一緒にいることは拘束、子どもは自由の障害…。結婚や家族が与えてきた幸福幻想が大きく崩れつつあるのだ。
ここ何年か、個人化の時代という視点でもって家族の現状を分析してきた。個人化の時代とは、自分のことが最大の関心事になった時代という意味である。母親あるいは父親である前に自分、夫あるいは妻である前に自分、女あるいは男である前に自分、人間である前に自分。
このように自分が露出してきたことに、結婚や家族が与えてきた幸福幻想が崩壊する主な要因を求めた。家族が個人へと解体していく、そこで家族の消滅点が見えたと書き、と同時に新しいテーマが浮かび上がってきたとも書いた(『ついていく父親』春秋社)。
人生の主人公は自分、その自分の生き方が問われるようになったのだ。結婚も離婚も、子どもを産み育てることも、自分の葬式も生き方が決めるのだ。少子化は個々がこのように生き方を問われる時代の一帰結にすぎない。
少子化から人口減少化に焦点が移ってきた。人口減少によって社会は縮むという。そのような不安をあおっている人たちがいる。何をもって縮むというのかわからないが、この見方の欠点は、人口の増減と社会の伸縮を単純に比例的な対応関係にあるものとしてとらえていることだ。
ところで生き方という位置から見るとき、個人の生き方は今後ますます多様性を帯びていくに違いない。多様に展開する個々の行き方を社会が拒もうとしないかぎり、社会は縮むどころか逆に多元的に拡張していくだろう。私は次のように考えているのだ。社会は人の集合体ではなく、人の生き方の差異の集積体である。したがって個々が生き方を多様に展開することを拒みはじめたとき、その社会は縮んでゆく。
高齢者人口が増えることも社会を縮ませる直接の要因にはならない。理由は、高齢化は、生き方を工夫する機会を奪う絶対的な力にはならないからである。70歳を高齢者と呼ぶことができても、もはや自分なりの生き方を工夫できなくなった人とみなすことはできない。対照的にまだ40歳という若さにあっても生き方を工夫できなくなっている人もいる。
私事と記すことを許してもらいたい。間もなく92歳になろうとする我が父は、高等学校のときに出遭った相対性理論の衝撃をよみがえらせ、この理論をもう1回さらってから死にたいという。おかしな人だと思う。
だが大切なことは、このような願いが実現できるか否かではない。ポイントは、こうした願いが彼の「いま・ここ」での生き方を規定しているという事実であり、そうした生き方が実際に社会を活気づけていることなのである。
もっと重要なことがある。それはこのような自分(の願望)を生きているとき、彼は少しも将来への心配をしていないことだ。自分の健康のことも、あとどのくらい生きられるであろうかということについても、経済的心配も、していないことだ。
将来の不安を振りまくような社会は貧しい社会である。なぜなら人々が「いま・ここ」において、自由に自分の生き方を追求しようとする意欲に水をさし制約をかけるから。来るべき時代は自分の生き方を多様性に向けて開花させていこうとする人たちがリードしていくに違いない。