内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科
吉川内科小児科 生薬方剤による漢方診療(保険適用)

吉川内科小児科は、愛知県名古屋市中村区、名古屋市立豊臣小学校の西にある内科小児科医院です。
高血圧や、肥満などメタボリックシンドローム、リセット禁煙、漢方診療(保険適用)を中心に
内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科の診療をしています。お気軽にご相談ください。

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吉川内科小児科 生薬方剤による漢方診療(保険適用)

吉川内科小児科は、愛知県名古屋市中村区、名古屋市立豊臣小学校の西にある内科小児科医院です。高血圧や、肥満などメタボリックシンドローム、リセット禁煙、漢方診療(保険適用)を中心に内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科の診療をしています。お気軽にご相談ください。

徒然日記

“なあに、大したことないんじゃ”と笑いとばして生きよう

『従容録ものがたり 』 (Ⅲ )― 第87則「疎山有無」

青山 俊董 (無量寺東堂=塩尻市)

 

丘宗渾老師の話であったかと思う。 死の病にとりつかれて七転八倒している 女性が その苦しみを訴えてき た。 老師は 呵々大笑して「 あ ん た 一人ぐらい 死んでも 世の中 なんとも ない わい 」と いわれた。 鬼 瓦のよう な 面構えの 老師 が「 ワッ ハッ ハッ ハア 」と哄笑さ れたのだ から たまら ない 。自分で自分を 縛ってい た 縄がスト ンと 切れて 楽になり 、 みごと に 病から 立ちあ がるこ と ができ たと いう 。

その 丘 老師に 随身さ れた 沢 木 興 道老師は「 し みっ た れた 顔し て やれ 金がないと か、 食えぬ 」と いっ ている 人に「 一 文 無し でも 笑うこと がある 。 億万 長者でも 泣く こ と があ る 。なあに 、 たいし たこ と は ない んじ ゃ 」と 笑いと ばさ れたと いう 。

良 寛さ ま の 詩の一 節に「 人間の 是 非、 一 夢の中 」と いう の がある 。人 間 の モノ サシ はいい かげ ん なも の なん だよと いう の である 。こ の 句の前 に「首を回す 五十有 余 年 」の 一句がある 。 私がこ の 良 寛さ ま の 詩に 出 会っ たの は30代であ っ た 。「 あ あ 良 寛さ ま 、 年をと って から 作ら れた 詩だ な 」と 思った 。 今 私は すでに 喜寿 。「 良 寛さ ま 、 お 若いと き の 詩だな」と 、こ の頃 思う 。

こ と ほど さ よう に 、人は 物ご と を 判断 すると き 、 その モノ サシ の中 心は「 私」なの である 。 30代のと き は30代が 私の モノ サシ の 真ん中 、 50代は 年老い てみえる 。 70代に なっ たら70代がモノ サシ の 真ん中 、 50代は 若く 思える 。

同じ 一 人の 人間 でも たと えば 食 事一 つとり あげ ても 、 健 康であっ たり 空 腹であっ たり すれば 、 何でも おいし いし 、 体調 が 悪け れば おいし く ない 。更に は 好き 嫌いと いう 好みも 加わり 、 そのと き の 気分と あ いま っ て食 事への 価値 観が 大きく 変わる 。

一人の 人 間 への 評 価も 同じ であ る 。 Aは Bの こ と を「 あ の 方は スケ ー ルの 大き い 人 物で安 心し て仕 事がたのめる 人 で す 」と 褒める 。 同じ Bの こ と をCは 「 威 張っ て、 評判 悪い ですよ 」と け な す。

平穏な時代なら1人殺人をしても大騒動なのに、戦争という狂気の只中にあっては、大勢殺し たほうが勇士とたたえら れる。

一人の人間の判断さえコロコロ変わり 、まし て人が違えば一つの事に関する評価も変わり 、 時と処で価値観も逆転する。し かも当人は間違いない判断と信じてふりまわし 、 相手 へも押しつけ、自分もそれにしばられて動きがとれなくなっている。そういう小さな私中 心のモノサシ、もう一歩進めて人類というモノサシも一 度かなぐり 捨てて、その外から 見なおして見よ、と語り かける。丘宗渾老師や沢木老師が呵々大笑し、又は「 なあに、たいし たことはないんじゃ」と笑いとばされた中味はそういうことではなかろうか。

『従容録』 第87則 「 疎山有無」では、疎山光仁という、体が小さくて能弁な和尚が潟山大安和尚に理屈っぱい質問をする。たまたま壁塗りの作業をしていた人安和尚は、その道具をほうり出し、呵々大笑して自室へ帰ってしまった。

疎山は腹を立て、「 私は四千里の道のりを家財道具までも売って旅費にあててやってきた
のに、何故まじめに答えてくれないのか」と食ってかかる。

大安和尚は侍者を呼んで旅費を返させた上で「 後に独眼龍 (明 昭徳謙禅師のこと。 片方の眼が不自由であったから)が あって、あなたの疑間に答えてくれるであろう」と指示を与える。

時を経て、 疎山はこの独眼龍和尚を訪ね、 同じ 理屈っぽい質問を出す。 独眼龍和尚は「 更に潟山をし て笑い転た新たならしむ」と、つまり「 潟山和尚は更に又人笑いされるであろう」という言 葉で答えとされた。

疎山はようやく2人 の師が呵々大笑という刀で、人間のあらゆる相対観念の藤づるを断
ち L‐3ろ うとし てくださっていたことに気づくことができた、というのがこの本則の概要で
あり、同時に我々への問いかけといただくべきものであろう。