内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科
吉川内科小児科 生薬方剤による漢方診療(保険適用)

吉川内科小児科は、愛知県名古屋市中村区、名古屋市立豊臣小学校の西にある内科小児科医院です。
高血圧や、肥満などメタボリックシンドローム、リセット禁煙、漢方診療(保険適用)を中心に
内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科の診療をしています。お気軽にご相談ください。

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吉川内科小児科は、愛知県名古屋市中村区、名古屋市立豊臣小学校の西にある内科小児科医院です。高血圧や、肥満などメタボリックシンドローム、リセット禁煙、漢方診療(保険適用)を中心に内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科の診療をしています。お気軽にご相談ください。

徒然日記

雪男

北の山河抄      新谷 暁生   東京新聞

 

シェルパとはチベット語でシャール・パ、「東の人」の意味だ。チベットの一部族であるシェルパは古来、インドとチベットとの交易で生きてきた。ナムチェ・バザールはその中継点だ。クンブーの有力僧院であるパンボチェ・ゴンパには、かつてカモシカの皮で作られた雪男の頭皮が祀られていた。長い間この「イエティ」の頭は秘宝として大切に祀られてきたが、関心の高まりとともに何者かに盗まれてしまった。雪男は今やヒマラヤの重要な観光資源でもある。

1986年10月、ラインホルト・メスナーはホングー氷河で複数の雪男に遭遇したという。メスナーは彼の最後の8000メートル峰であるローツェを登るためにバルン氷河からホングー氷河を経てアンブラプチャ・ギャップを越え、チュクンに出ようとしていた。イエティはそのときに現れた。

しかしそれは私たちの遠征隊のキッチンボーイ、サルキーとミンマのイタズラだった。2人はメスナーがホングー谷を通ることを知り、それを見に行ったのだという。そしてシェルパの若者らしい冗談で彼らを驚かせた。私は荷揚げとルート工作をし

ていてベースキャンプに戻るまでそれを知らなかったが、後でそれを聞き大笑いした。ラインホルト・メスナーは本当に雪男の存在を信じたのだろうか。

長く遊牧と交易の民だったシェルパには陽気な人たちが多い。彼らはネパールというヒンズー教の国で、その能力を生かしてヒマラヤに足場を築いている。シェルパ族は外来者がイエティに関心を持っていることを知っている。サービス精神旺盛な彼らは、だから真面目な顔をしてイエティについて語る。

雪男は存在する。しかしそれは未知の原人などではない。信仰の中にある神の姿だ。謎の霊長類もまた実在する。それは仏の化身であり修験者、つまりは人間だ。だから足跡や痕跡を残す。化身はやがて修行を終え解脱する。跡はもうつかない。空を飛べるからだ。

雪男の存在は仏教上の真理だ。2011年秋に来日し、多くの日本人を感動させたブータンのワンチュク国王の言葉にあるように、龍はそれぞれの心に住む。同様に雪男も人々の信仰の中に生きている。

私はヌンブールという山の東側の、標高5000メートル近い氷河のそばで、巨大な仕掛け罠に出合ったことがある。それはスズメを捕る罠に似ていて、厚板を並べたさしかけ屋根の上に重石を積み重ね、それを1本の木で支えて下に餌を蒔き、獲物が入ったら重い屋根を落として下敷きにするという原始的な罠だった。

私は罠に驚いた。いったい誰が仕掛けたのだろうか。それを眺めていると、どこからともなく2人の男が現れた。ライ族の猟師だった。彼らはクマを獲るために、はるばるアルン川の村からここまでやって来たのだという。ライの猟師は自らをシカリという。彼らは長い歴史の中で、ヒマラヤ山中で狩りをして生きてきた人たちだ。彼らの生活圏は主として東ネパールのアルン川中流域であり、インド系の人たちともチベット人とも違う風貌をしている。

ヒマラヤには大勢の生活者がいる。彼らもまた雪男に間違えられる人たちなのかもしれない。ライ族は雪男について何か知っているだろうか。私は彼らとともに旅をしたことがあるが、残念ながらそれについて聞いたことはない。

ライのシカリは賑わう街道を避け、森や草原、あるいは川べりの獣道に罠を仕掛ける。彼らは誰も知らない洞窟の奥に、古い火縄銃を油紙で包み隠している。彼らが辿る道は、伝説の雪男が人知れず歩く道なのかもしれない。