内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科
吉川内科小児科 生薬方剤による漢方診療(保険適用)

吉川内科小児科は、愛知県名古屋市中村区、名古屋市立豊臣小学校の西にある内科小児科医院です。
高血圧や、肥満などメタボリックシンドローム、リセット禁煙、漢方診療(保険適用)を中心に
内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科の診療をしています。お気軽にご相談ください。

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吉川内科小児科 生薬方剤による漢方診療(保険適用)

吉川内科小児科は、愛知県名古屋市中村区、名古屋市立豊臣小学校の西にある内科小児科医院です。高血圧や、肥満などメタボリックシンドローム、リセット禁煙、漢方診療(保険適用)を中心に内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科の診療をしています。お気軽にご相談ください。

徒然日記

自由と希望

自由

仕事なんか生きがいにするな  泉谷 閑示  幻冬舎

「ハングリー・モチベーション」の時代とは、生きるためにすべきことがはっきりしていて、「何をするか」について人々があまり思い悩む必要のなかった時代だったと言えるでしょう。

「不自由」から「自由」を目指すこと、つまりマイナスからゼロに近付くことが、明らかな最優先課題だったからです。

しかし、ゼロからプラスに向かう場合には、必死で追い求めてきたはずの「自由」が、今度は皮肉なことに厄介(・・)な(・)困難(・・)として我々の前に立ちはだかってくるのです。

「自由」というものは、「不自由」な時には光り輝く目標として明確に捉えられるのですが、その「不自由」が解消された途端、「自由」はもはや目標ではなくなり、「さあ、どうぞご自由に」という不敵な笑みを浮かべて、途方もない謎掛けのように私たちにのしかかってきます。

「自分は何がしたいのか?」といった問いに悩まされる人は、今日、決して少なくありません。彼らの中で「自由」とは、ひとたび獲得してみれば、かつて「不自由」だった頃に夢見ていたようなパラダイスなどではなく、一種の牢獄(ろうごく)のようなものにさえ感じられるのです。

 

    希望

死にゆく患者(ひと)とどう話すか  國頭 英夫  医学書院

ラ・ロシュフコーという、17世紀のフランスの皮肉屋が、こういうことを書いています。ちょっと意訳しますが「希望という奴は随分と嘘つきだが、それでも、我々が楽しい道を通って人生の終着点まで行き着くのには役に立つ」だから希望というのは嘘つきなんだ。これが「大きな希望」の方ですかね。

もう一つついでに言うと、ギリシャ神話のパンドラの箱、ってのを知っていますね。開けちゃいけないという箱を開いたら、世の中のもろもろの災厄が全部飛び出してしまい、あわててふたを閉めたらその底に「希望」が残っていた、という話ですね。パンドラというのは箱を開けた女の名前で、あれはゼウスが人間を懲らしめるために女という災厄を作って地上に送った、ということになっています。だからパンドラは人類最初の女で、女というものはそもそも災いとして作られたのです(笑)。私に文句言われても困る。ギリシャ神話にはそう書いてあるのだから。

それで、箱を渡された時に、「開けてはいけない」というのに開けて、災厄を撒き散らしてしまった、というか、最初からそう仕組んであったのですね。なにせ女はバカだから(笑)、「開けてはいけない」というものは開けるに決まっていると。だけどそんなのね、誰だって開けるよな。浦島太郎だって、「夕鶴」の与ひょうだって同じことやっている。

それで、本題はここからなのですが、その「希望」というものは何なのか。一説によると、希望があるから人間は諦めきれず、あがき、苦しむのである。悟ってしまえばそういう余分な苦しみもなくなる。よって希望も災厄の一つである、ということなのです。

つまりはね、「希望」にはダークサイドもあるということです。それでもなお、これがないと、なかなか人間は生きていけない。ラテン語にこういう「名言」があるそうです。Spero dum spiro(息をしている限り、私は希望を抱く)

息をしている限り、ということは生きている限り、ということですね。もうほとんど、仏教でいう「煩悩」と同じようなことになってきます。