内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科
吉川内科小児科 生薬方剤による漢方診療(保険適用)

吉川内科小児科は、愛知県名古屋市中村区、名古屋市立豊臣小学校の西にある内科小児科医院です。
高血圧や、肥満などメタボリックシンドローム、リセット禁煙、漢方診療(保険適用)を中心に
内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科の診療をしています。お気軽にご相談ください。

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吉川内科小児科 生薬方剤による漢方診療(保険適用)

吉川内科小児科は、愛知県名古屋市中村区、名古屋市立豊臣小学校の西にある内科小児科医院です。高血圧や、肥満などメタボリックシンドローム、リセット禁煙、漢方診療(保険適用)を中心に内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科の診療をしています。お気軽にご相談ください。

徒然日記

美しく生きる努力

――抜粋―― 知的な老い方 外山 滋比古 だいわ文庫

 

瓢水は滝氏。通称を叶(かのう)屋(や)新之丞、のち新右衛門と称した。播磨(はりま)の富商であった。千石船を7艘(そう)も有するほど栄えていたのを、瓢水の風流によって、産を失い、晩年はむしろ貧しかった。1684年生まれ、1762年没。享年79。

生涯、無欲、無私の人で、逸話に富んでいる。

――中略――

「浜までは海女も蓑着る時雨かな」にまつわるエピソードはこうである。

瓢水の評判をきいた旅の僧が、瓢水を訪ねてきた。ところが、そのときも、あいにく留守だった。どこへ行かれたのかという旅僧の問いに、家人が、風邪をこじらせたので、薬を買いに行ったと答えた。

それをきいて、旅の僧は、「さすがの瓢水も、命が惜しくなられたか」ということばを残して立ち去った。

帰ってその話をきいて瓢水の作ったのが、この

浜までは海女も蓑着る時雨かな

であるといわれる。薬を買いに行ってなにがわるいか、年をとってはいるが、いよいよ、となるまでは、わが身をいたわりたい、病気はなおしたい、という含意である。

そうすると、この「浜」は、死ということにもなる。人間、死ぬまで、生きている限りはせいぜい身をいとい、よく生きることを心がけなくてはいけない。

どうせこの年だから、どうでもよいといった、投げやりな考え方、生き方はおもしろくない。せいぜいつとめて、わが身を正すようにしたいものだ。

年をとると、人間が劣化することがすくなくない。いつごろからか、そう思うようになった。

若いときから中年までは、りっぱな人であったのに、年をとってくると、欲が深くなる、猜疑(さいぎ)心はつよくなる。いうことなすこと、いちいちまわりを傷つける――そういうことが多くなる。人格も、体力によって支えられているのか。老いて体が弱ってくるにつれて、人格を支えていた力が崩れて、もっていたのであろう醜(みにく)いものが外にあらわれてくる。そのことを自身では気がつかないだけに老醜(ろうしゅう)はあわれである。

昔から、そうであったに違いない。人々はその堕落(だらく)を怖れて、信仰に入った。出家はしないまでも、隠居して、まわりの人の迷惑にならないことを心がけた。

いまは、宗教に救いを求めるのは難しい。自分の力で、崩れていくものをとりおさえて、できれば新しい徳をつむようにはできないものだろうか。老いの入口にさしかかったとき、私はそんなことを考えた。

そういうときに、たまたま、「浜までは海女も蓑着る時雨かな」に出会った。啓示のように思われた。死ぬまでは、たとえわずかでも、前へ進めるだけは進もう。恥ずかしくないように、できれば、これまでより、いくらかでもましな人間になりたい。そうして、幸福な人生の中で生を終えたい。死はさけられないが、そこへ至るまではせいぜいいきいきと、美しく、明るく生きていきたい。

そう考えて、戦慄(せんりつ)のようなものの走るのを感じた。