内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科
吉川内科小児科 生薬方剤による漢方診療(保険適用)

吉川内科小児科は、愛知県名古屋市中村区、名古屋市立豊臣小学校の西にある内科小児科医院です。
高血圧や、肥満などメタボリックシンドローム、リセット禁煙、漢方診療(保険適用)を中心に
内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科の診療をしています。お気軽にご相談ください。

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吉川内科小児科 生薬方剤による漢方診療(保険適用)

吉川内科小児科は、愛知県名古屋市中村区、名古屋市立豊臣小学校の西にある内科小児科医院です。高血圧や、肥満などメタボリックシンドローム、リセット禁煙、漢方診療(保険適用)を中心に内科・小児科・アレルギー科・リハビリテーション科の診療をしています。お気軽にご相談ください。

徒然日記

木村屋のあんパン

心の朝  木村耕一 編著     一万年堂出版

失業した武士が研究開発した新商品
清水次郎長も、山岡鉄舟も、「あんパン」にほれこみ、全国へ宣伝

明治維新(めいじいしん)は、多くの武士を失業に追(お)い込(こ)んだ。
日本で最初にパン屋を開いた木村(きむら)安兵衛(やすべえ)も、その一人であった。52歳でのリストラは大きな痛手だった。家族を養うには仕事を見つけねばならない。
東京には、元武士の就職を斡旋(あっせん)する「職業訓練所」ができていた。安兵衛(やすべえ)は、この訓練所で、始めて西洋人の主食〝パン〟と出会う。
パン職人と語り合ううちに、「これから、日本にも広まるに違(ちが)いない」と確信した安兵衛(やすべえ)は、パン屋を開業する決意をする。
また、元武士のプライドからいっても、今さら町人に雇(やと)われるより、新たな道を切り開きたいという気持ちが強かった。
妻と息子(むすこ)・英三郎(えいざぶろう)の協力を得て、パン作りを、一から学び始めたのである。

明治2年、苦労の末に、東京に「文英堂(ぶんえいどう)」をオープンさせる。
しかし、パンは、まったく売れなかった。いくら文明開化といっても、米を食べ続けてきた日本人には、まだ、なじめない味であったのだ。
西洋のパンに劣(おと)らぬものを作りたいというのは、あくまで自分の願望である。珍(めずら)しいというだけで、お客さんが買ってくれるとは限らないのだ。
安兵衛(やすべえ)は、作る側(がわ)の思いばかり優先させ、買ってくださるお客さんの心に立つことを忘れていたのであった。
その後、火災で店は全焼する。

不幸に見舞(みま)われたが、志を捨てなかった。店名を「木村屋」と改め、日本人に合ったパンの研究を続けていくのである。
安兵衛(やすべえ)、英三郎(えいざぶろう)父子は、饅頭(まんじゅう)からヒントを得て、パンにあんを入れてみた。しかし、うまく焼き上がらない。そこで、西洋式にビール用の酵母(こうぼ)を使うのをやめ、日本酒の酵母(こうぼ)で焼いてみると、ふっくらとした〝あんパン〟ができ上がったのである。
この和洋折衷(わようせっちゅう)のあんパンは、爆発的(ばくはつてき)な人気を博した。
木村屋のあんパンに惚(ほ)れ込(こ)んだ元幕臣(ばくしん)の山岡(やまおか)鉄舟(てっしゅう)や、〝街道一の大親分〟清水(しみずの)次郎長(じろちょう)などが宣伝に一役かい、やがて日本全国へ、広がっていった。

50歳を過ぎてからの、ゼロからの挑戦(ちょうせん)は、新商品の開発によって、大成功を収めたのであった。